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産地説明

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ヘレケ ケルマン ギャッペ イスファハン ナイン カシャーン クム タブリーズ

 北はテヘラン、南東はカシャーンにつながる国道の中継地「クム」。砂漠にも近い距離にあり、気候は常にドライで、数々の湖に塩分が多く残るため、塩の精製が盛んで知名度が高く、人気があります。


 また、イスラム教の聖地としても知られています。大規模なモスクをはじめ、指導者になる為のイスラム教学校(大学)、有力な指導者だった人の墓地などが存在し、その活動や慣習がイランの中で最も徹底されている街です。


 現地の言葉で「暖かな流れ」という意味の語源から名付けられた「タブリーズ」。テヘランから620km離れた北西部にありますから、決して年中暖かな気候ではありませんが、豊富な温泉や、かつては火山も存在したことなどから、そのように名付けられたのでしょう。


 タブリーズは古くからシルクロードの中継点として、東はモンゴルや中国、西や北はトルコやその先のヨーロッパ、南はアラブ諸国との貿易で栄えてきました。今でも「タブリーズの商人になれれば一流」と言われるほど商業に活気づいている都市です。


 テヘランから南へ320km、イスファハンから東へ130kmのイランのほぼ中央に位置する「ナイン」。砂漠の中のオアシス都市として古くから発展してきました。


 現在も古代のナレンジ城やイスラム初期のモスク、14世紀のミンバル(説教壇)を有する金曜寺院(金曜日に大衆が参拝する寺院)が残るなど、歴史的建造物が数多く残っています。


 16世紀のサファヴィー朝の時代には首都として栄華を誇った都市「イスファハン」。それ以前のササン朝時代に存在した大規模な軍隊施設「エスパハン」から変化して街の名になったと言われています。


 過去の名残りから現在も街は整備されていて、中心地には広くザーヤンデ川が流れ緑も豊富です。世界遺産となった「イスファハンの広場」もありますし、豊富なマーケットも魅力的で、国内外から観光客が多く訪れています。


「美しいタイル」と言う意味を持つ「カシャーン」。カヴィール砂漠とイラン高原とのはざまにあるオアシスの街で、歴史の古いモスクの数々や整然と立ち並ぶ煉瓦住居の姿からそのように名付けられたようです。


 夏に気温が40度を越えるカシャーンの住居には、「風の塔」と呼ばれる通気構を取り付ける習慣があり、室内へ風を送り込む天然クーラーの役割をしています。また、テペシャルク遺跡からは5500年前の農具や土器が発見され、現在もカナート(地下水路)を利用した農業が生き継がれています。このように古くからの知恵や伝統を大切にして潤っている街なのです。


 イランで2番目に広い都市「ケルマン」。それはイランの広大な砂漠と山脈を有しているからです。遮る物のない砂の地では年中強い風が吹き、夏は50℃を越えることもあります。


 一方、夜には無数の星がきらめくので、年間を通して多くの人が満天の星空見学に訪れます。また、南部地域は乾燥も和らぎ、過ごしやすいリゾートになっています。有名な煉瓦要塞「アルゲバム」を含め、イラン南部観光地への入り口の役割も担っているケルマンです。


 ペルシャ語で「粗い」「毛足が長い」などの意味を持つ「ギャッベ」。ペルシャ絨毯は産地名で識別しますが、ギャッベは遊牧民(主にザクロス山脈カのふもとを移動しながら暮らすカシュガイ族)が織る絨毯名ですので、産地を表した名称ではありません。


 遊牧民の家族において絨毯を織るのは女性の仕事。その全てが母から娘へと伝えられ、娘が嫁ぐときには自分の織ったギャッベを結納品として持って行く慣わしもあります。


 トルコ・イスタンブールの東約50kmの所にある小さな村「ヘレケ」。
 昔、オスマントルコ時代の王が、王室工房に勤めるヘレケという名の優秀な絨毯織りの女性に、過酷な絨毯織りを強いて失明させた事により、それ以降、この土地で作られる絨毯の名前がヘレケになったといわれています。現在もイスタンブール方面への観光の際に立ち寄る人も多い芸術の村です。